7月 7月 1日 海開き、山開き
7月 7日 七夕
7月 9日 東京・ほおずき市(〜10日)
7月13日 盂蘭盆(〜16日)
7月14日 和歌山・那智の火祭り
7月17日 京都・祇園祭山鉾巡行
7月20日 このころ土用 海の日
7月24日  大阪・天神祭

七夕

七夕 7月7日の七夕は、中国からきた星まつり伝説による節句で、そのストーリーは、天帝の娘である織り姫星は天の川をへだてた牽牛(けんぎゅう)星と結ばれたが、甘い結婚生活につい溺れて仕事を怠ったために天帝の怒りにふれ、天の川を挟んで引き離されてしまいました。一年に一度だけは、逢うことを許されるという説話になっています。 これが日本では、ちょうど田の草取りの季節にあたるため、雨ごい信仰と結びつき、さらにそれは天の川と結びついて七夕祭りとして後々まで伝えられたのです。その織り姫とは、機織(はたおり)の女性で、手業が巧みなことから、裁縫や習字が上手になるようというしきたりが生まれ、短冊やさまざまな色紙をつけて祈るようになりました。


盂蘭盆(うらぼん)

盆 旧暦7月13日から16日まで行われる盂蘭盆は、ふつう盆といわれ、正月と並んでわが国で一番大きな年中行事の双璧となっています。この行事は、まず13日夜には精霊迎えといって各家庭では”迎え火”を炊き、先祖の霊を幽界からわが家に迎え、それから3日間、先祖に珍しい食べ物を供えたりしてともに過ごします。そして16日の夜になると精霊送りといって先祖の霊がまた幽界に帰ってゆくのを見送る送り火を炊きます。京都の五山の送り火(8月16日)が有名ですが、各地でこの季節に行われる火の祭典も多くこの迎え火、送り火にちなんだものです。また近年は旧暦でする地方とそうでない地方とがあり一定していません。


祇園祭

梅雨が明けるとともに、やってくる盛夏。7月15日の祇園祭は、日本で最も華やかで、有名な祭の一つでしょう。八坂神社の祭礼であるこの祇園祭も、その起こりは、平安中期。当時の京の町中は人家が密集して、井戸水にも事欠くような非衛生な巷でした。そこへもってきて、うち続く梅雨の長雨に、賀茂川はたちまち氾濫し、どっと疫病がはやり民衆たちを苦しめました。そこで、怨霊を払う八坂の神の巡行を願うために始まったお祭りです。この祇園祭のハイライトはなんといっても16日の宵山と、17日の山鉾巡行でしょう。しかし京都に住んでいる人にとって忘れられないのは、むしろ10日の『御輿洗い(みこしあらい)』ではないでしょうか。この日、京の町のおなごはん(女中さん)や娘たちは、鴨川までお出ましになった御輿が、若い衆たちの松明(たいまつ)に囲まれて戻ってくる道筋に集まり、お松明の『からげし(炭の一種)』を拾います。このからげしを井戸の上に釣っておくと、虫がわかないといういい伝えがあるからです。


土用・虫干し

7月も20日、土用の入りをむかえるころになると暑さは本格的になってきます。土用のうなぎ。その由来は、平安時代から夏の土用の丑(うし)の日は、牛にあやかって黒いもの(栄養のある川魚、ハモなど)を食べてビタミンを補う知恵がありました。この、夏の土用は一年のうちでも最も暑さが厳しいころ。それだけに体力は消耗し、食欲は低下して特に油っこいものは敬遠したくなります。そうゆうときに、うなぎのように脂肪分のうんとある食べ物をとるのは、夏負けしないためにも必要ことなのです。  また、土用から立秋(8月8日ごろ)にかけては、比較的雨が少なく好天に恵まれるため、”土用の虫干し”といって、ふとん綿、枕に入れるソバ殻、書物、などを戸外に出して乾かします。これは、長く湿っぽい梅雨明けいかにも合った暮らしの知恵の一つといえましょう。